ここでは 『子育てしやすい間取り』 と書きましたが、実際子育てが旨く行くには、家庭も旨く行ってなければならないものです。表題にも述べましたが、折角満足の行く家が出来たけど、旦那さんが毎晩
午前様、とか 任せっぱなし、よくある、耳の痛い話です。家の形はお金を積めば出来上がりますが、
家庭造りは自分たちで創造するものです。良い家が出来たから良い家庭が出来ると思ってはいけません。作った家が、長年住んでいる内にバラバラになる『恐い間取り』がある事も建てる前に気付きましょう。 また、長年住んでいると、環境も変わり、家族が増えたり、減ったりする事まで考えて、外側は断熱効果のある丈夫な家で、間仕切りは移動可能な造りを考えてはいかがでしょうか?
そんなところにも配慮をした家造りを御検討下さい。
2007年2月17日土曜日
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5 件のコメント:
「検討内容のコーナー」で書き始めた子育ての事、『子供部屋は要らない』『自殺の事』の続きは、このコーナーに引っ越しました。
では、何故(子供部屋は要らない)のかの話にに入りますが、子供は生まれてから暫くは親に100%依存して生きている訳ですが、少しづつ自立の芽生えが始まり、性格形成も始まり、自分に都合の良いウソを付く事を覚えたり、疑問を持ち始めて・・と言う知恵も付いてきます。私の記憶では幼稚園の帰りに友達の家お絵描き遊びをしていて、色鉛筆と言うのを始めて貸してもらって急に欲しくなって自分の鞄に赤鉛筆を隠した記憶があります。友達がケースに1本足りない事に気が付き問われましたが「知らない!」とウソを恐る恐る付いた記憶があり、鮮明に覚えています。記憶に残る始めてのウソと泥棒でした。
これが6歳の時でした。この頃から小学校低学年に友達との関係や影響でかなりの知恵が
付いてきます。小学生でも高学年になると今
では昔と比べてもっとお増せさんになっている時代ですから意地悪や騙しも高等に達してきます。また疑問も沢山出てきます。(私事で長くなりましたが)丁度その高学年の頃に親や先生から何で自分たちが生まれて来たのか?何をしたら良いのか?何になりたいのか
と言う徹底的な討論でもさせる必須授業が必要だと思います。いかがでしょうか?
学校でその様な方針が取り組まれていなければ、親が自分の子供に何か掴ませるまで何回も、あせらずゆっくりと聞き出して話をさせながら考えをまとめさせる時期を作ってあげる事が大事なことではないでしょうか。
4回目になりますが、前回は小学4年生、特に5~6年生の時期に「生まれてきた理由や訳をつかませる話し合いの場」が必要だというお話でした。その為に小学生向きの偉人さんの伝記等が沢山あるわけですから。
そうは言うものの若いお父さん、お母さんにはそこまでの知恵が付いていなく、おじいさん、おばあさんのお手伝いがあれば別ですが、毎日が忙しいとそこまで出来ませんよね
そこで私からの提案ですが、「子供自身に自分の存在感や価値観を持たせる」簡単な方法を見つけました。
その前に「話し方教室」をお勉強する必要があるんですが・・。人は押さえ付けられて聴かされても全く聞く耳持ちませんよね
周りから序じょに聞いてくれる環境に持っていくか、聞きたいと言う気持ちを起させて
からでないと聞いてもらえないと言うコツが
あります。
人は感動している瞬間に心が開きます。その時に聞く耳も持つのです。子供だからと言って心の中まで親の自由にしようとしても無理です。大人と同じ様にその方法で伝えるべきです。また子供の心が綺麗な時期に(すさんだりねじれてしまってからではなかなか受け付けてくれませんからね!)タイミングよく
伝えなくてはなりません。話す方も時期を待つ事も必要です。長いと飽きるので次回に!
5回目です。前回は「綺麗な心で受け入れやすい時期に」、しかも「感動している時に話すと伝えたい事が染み込むように伝わる」「子供と言えども大人としての話し方が必」という、話し方教室の内容で終りましたが、本題の生きている価値観を持たせる=充実させる気持ちに導くにはどうしたら・・のアドバイスに入ります。
お断りしておきますがあくまで私の考えです。押し付けるものではありませんので
共感していただけたら実行してみて下さい。
心理的なお話になりますが、人間は皆人間の癖(条理)があります。つつかれれば普通
はつつき返します。優しくされれば優しくしたくなります。無意識の世界です。そこで
嬉しさも、美味しさも、鑑賞も皆、感動の一部ですから、その感動を得た時に次に起きる
気持ちは何か?を理解させるのです。
色々な意見が出るでしょうが、嬉しい経験を
すればその話を持ち帰り、人に話で伝えたくなるでしょうし、美味しい物や珍しいものを
食べれば持ち帰って食べさせたくなるでしょう。その対象の人が親であれば親子愛、友達であれば友愛という表現になります。つまり
その愛は自分の気に入った物を分け与えると言う形であり、分け与える事の喜びを味わえる楽しさ=自分に返る喜び その辺の普遍の
人間の嵯峨を体感させる事が出来たら自然と
与える喜びが、人の為に成ると言うことが
自分の喜びとなり、生甲斐につながるのでは
ないか、と言う事。医者になって苦しむ人を
救う喜び、電車の運転手になって人を運んで喜ばれる人になる。芸術家になって観たり聴いたりした人を感動させ、自分が満足してそれが自分の喜びになる、励みになる。このくらいの心理は小学高学年になれば理解可能ではないでしょうか。前回自殺問題に触れましたが、この事を理解して本来の人間の生甲斐
と、やるべき事を掴んでいれば、少なくとも
小・中学生の自殺も減るのではないかと思います。また長くなってしまいましたがこの人間の心理を更に理解する為の一言は、又次回に・・
6回目投稿になります。子供部屋不要の意味ですが、小・中学の間は 親との会話、スキンシップが必要で、この感覚がよーく伝わる
環境の間取りが欲しいと言う事です。
今、国会で教育基本方針問題やいじめの討論が行われていますが、何よりも先に小学高学年にこの辺を理解させる為のカリキュラムが必要なのではないでしょうか?
結論は 子供部屋はこの内容が理解できてから与えるべきと考えます。
前回おわりに書いた『人間の喜びを更に深く理解する』の話ですが、人間には二種類の喜びがあって、一つは自分自身だけの
満足感の喜び。これは欲張りの喜びであって
終わりがなく、すぐに不満に変わってしまう
きりがない満足。でも是も向上心の為に無くてはならない途中の喜びのようです。
二つ目の喜びは、先程の生きる価値観を掴む
=生甲斐を見つける為の分け与えの愛から生まれた、人の喜びを感じて自分も喜べる
見返りの喜びがあるように思いますが、いかがでしょうか?
初めてコメントさせていただきます。
家の間取りについて深く考えるといろいろと要素があるものですね。
江戸時代の長屋で暮らしていた人たちは、こんなことを考えてはいなかったでしょう。
もちろん自由に家を建てられる人もいたでしょうが・・・
私は、家をたてるなら間取りにも興味がありますが例えば浴室を広くして2~3人でも入れるものとか、
縁側でお茶を飲めるとか・・・イメージしてしまいます。
またコメントします。 SSM
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